=ゾロ=


 騒がしい程の歓喜は島中に響いていた。傷の痛みが脳を直撃するが、それを声にすると痛みが増す気がして、ぐっと堪えては目を閉じた。
 アイツはどうなっただろう。
 気付けば一緒に必死で闘っていた。奴の考える事は不思議と伝わってきて、自然にそれを飲み込める自分がいた。もしかしたら気が合うのかもしれない。それとも息が合うだけだろうか。
 ナミの連れて来た医者に治療されている時も、アイツの姿は見えなかった。
 そんな風に気にする理由はあったと思う。己の命なんてどうでもいいように闘っていた、それに気付いた時、無性に腹が立った。その訳を、聞いてみたかった。
 あれからどれくらい経っただろうか。治療の後は激痛と闘って、何度も目を覚ましては意識が飛んでいたように思う。外の騒がしさから言ってまだ数時間しか経っていないのだろうか。
 「…ってぇ」
 身体がみしみしと悲鳴をあげ、起きあがる事さえ許してくれない。諦めてまた横になる。
 薄暗い部屋にまだ目が慣れない。徐々に外の明かりで照らされる室内に見慣れた頃、隣のベッドから誰かが起きあがる姿が見えた。
 「?」
 それはのそりと静かに動くと近づいて来た。薄明かりに見えたそれがサンジだと気付いて、何故だか無意識に瞼を閉じて寝た振りをした。
 「………」
 ぎし、と軽く沈んだ感触。サンジはベッドに腰掛けた。寝た振りする必要はないのに、バレないように必死に耐えた。サンジはしばらく俯いていた。微かに身体を震わせて、言った。
 「よく、死ななかったな…」
 小さな。本当に小さな囁きだった。
 どういう意味だろう。様々な考えが襲った。顔を見ていないからどんな表情で言ったのかは解らない。だがそれが喜びのものであった事はすぐに解った。。
 「生きてて…良かったよ、ゾロ」
 「……!」
 その言葉は重く、胸にずしりと響いた。己がこうして生きている事を、本気で良かったと。そう想っていると解った瞬間には無意識に手を伸ばしていた。
 「…起きてたのか」
 サンジは少し驚いた様子だった。手を振り払う事もせず、黙っていた。まだ目が巧く開いていなかったから、サンジの表情を見る事はできずにいたのが悔しい。
 何かを言わなければいけないと思うほど言葉は出てこない。さっきの言葉は、己の間違いを正したように思う。
 死んでは何も出来ないのだから。
 サンジの細い手首を掴んだままそうしていると、するりと指を絡められた。そして。
 「…いいさ、何も言うな」
 そう言うと、笑った。コイツは何を解っていたのだろうか。絡められたサンジの指はほんのりと温かくて、それを感じられるという事が、自分は生きている証拠なのだと実感する。
 死にはしない。それは己の信念。あの男を倒すまでは。
 サンジの震えは止まっていた。また少し眠くなって、ゆっくりと瞼を閉じる。誰かが側に居ることを心地よいと感じるのは何年ぶりだっただろうか。
 「ゾロ?」
 呼びかけに返事をしようと口を開いたが、音にはならなかったらしく、続く言葉は無かった。
 ぎし、と耳元でベッドが軋んだ。温かい何かが唇に触れたように感じた。それがくちづけであったことに気付いたのはずいぶん後のことだったと思う。
 サンジがベッドから立ち上がる気配がした。小さな呟きが耳に届いたが、何を言っていたかは聞き取れなかった。闘う理由も、聞けなかった。
 微かな足音が離れていくのを感じて寂しい気もしたが、暗い意識へと誘われて深い眠りにつくことにした。
 外の騒ぎが収まる様子は無かった。

=サンジ=


 騒がしい歓喜が耳について離れなかった。包帯だらけの男は隣のベッドに寝ていて、時折痛みに耐える声が聞こえていた。
 あんなに潔く戦えるのは何故だろう。無性に腹が立った。
 ルフィが大事。己の信念も大事。仲間も大事。
 多くのモノを抱えて怪我だらけになってれば世話がないと思う。だけど闘いの後はその時の辛さなんて忘れていて、コイツは今だって強がっては悲鳴のひとつもあげない。
 死んだらそこで終わりなのに。コイツは笑っていた。
 少しくらいは頼って欲しかった。仲間を守る為に一生懸命な自分を、頼って欲しかった。
 俺は弱くない。
 そんな事をを考える子供っぽいと思った。でもこれが正直な自分。
 そんなヤツに惹かれているのも…自分。
 闘いの時は何故か息も合っていた。傍にいて、どうすればいいのかほんの少し語るだけで通じた。
 それだけで嬉しいと思える自分。その時、恋なんだと気付いた。だからと言って、好きになって欲しいとか思ってはいなかった。もっと別の事で、見て欲しい。そう思った。
 その想いは伝えられない。コイツは目指すモノがあって、それを追うのにこれからもっと必死に強くならなければならないから。
 重荷に、邪魔になる存在だけにはなりたくない。
 高みを目指すその時まで、コイツが無理をしないように。死にそうになったらそれを少しでも助けられるように。もっと強くなって。
 横を見ると、隣のベッドに横たわるゾロがいた。傷が痛むのか、少し汗をかいているように見える。ベッドから起きあがると、外から微かに入る明かりだけが部屋を照らしていた。
 薄暗い部屋に目が慣れる前に、ゾロのベッドの端に腰を降ろす。少し息は乱れていた。苦しいのだろうか。痛々しい身体。血が吹き出る瞬間、コイツにはもう会えないのかなんて考えてしまった。
 「……」
 そんな事を考えて、自分の身体が小刻みに震えたのが解った。すぐ横にいて息も聞こえるのに、掻き消せない不安が襲う。だから本当に無意識に、それは音になった。
 『よく、死ななかったな…』
 空気のような囁き。そして。
 『生きてて…良かったよ、ゾロ』
 言葉にして、それはもっと強く実感できた。気も合わないだろうし、言うことにケチはつけるし、本当にムカつくけど。だけど惹かれる想いは本物で。涙が出そうになった。ゾロが生きていた事に。
 「…!」
 その時、涙は一瞬にして止まった。手首を捕まれて驚いた。今の言葉はきっと聞かれていただろう。でもあくまでも平静に装った自分に、今は笑える。
 「起きてたのか」
 自然に指を絡めて、ゾロに体温を与えた。突き放されはしなかったから、嫌がってはいないようだった。
 ゾロは何も言わなかった。まるで生きていることを確かめるかのように、俺の手を握り続けた。何かを言いたいのか、少し目が困惑している。
 今は何も言って欲しくない。その時期ではない。もっと、自分に自信を持ってから、想いを伝えたかったから。
 『いいさ、何も言うな』
 そう誤魔化すので精一杯だった。もしかしたらゾロの言いたい事を否定したのかも知れないと考え直して、名前を呼んでみるけど、返事は無かった。
 また痛みに耐えて、意識が朦朧としているようだった。顔を覗き込むけど、再び目を開く様子は当分なかった。
 ゾロの熱い息がかかって、俺は欲情に負けた。
 その唇に吸い寄せられるように己のそれを重ねて、離す。その感触が胸を躍らせた。
 起きないゾロに感謝して、ベッドから立ち上がった。
 「好きだぜ、ゾロ」
 小さく告白した。どうせ聞こえてはいないと思っていたのに、後々質問されるなんて思ってもみなかった。
 しばらく何日かはこの騒ぎは続くだろう。それまでに元気になることを祈って、部屋を後にした。
 自分の強さを認めさせてやる。
 お前を守れるくらいに強くなって。
 そう誓ったのは、ずいぶん前のこと。
*9/29アーロンパーク直後(昔語り風)*
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